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大阪高等裁判所 昭和56年(う)387号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

被告人金に対し当審の未決勾留日数中三〇〇日をその本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人金につき弁護人澤田脩、被告人酒井につき弁護人瞿曇〓〓、同高藤敏秋、被告人張につき弁護人後藤一善作成の各控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官武内竜雄作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

被告人金の弁護人、被告人酒井の弁護人ら、被告人張の弁護人の各控訴趣意中、原判示第一の冒頭の部分の事実誤認の主張について

(一)  被告人金の弁護人及び被告人張の弁護人の各論旨は、被告人張は、任道明に対し二億八、〇〇〇余万円の貸金債権を有していたところ、右債権のほとんどは同人の弟である任道福が費消したので、任道福が任道明の被告人張に対する右債務の引受けをしたものであるから、任道福に対し貸金取立の請求権を有していたものであるのに、原判決が、被告人らは共謀のうえ任道福に対し貸金債権がないのにあるように仮装し、右債権の取立に藉口して原判示第一の犯行に及んだ旨認定したこと、(二)被告人金の弁護人の論旨は、仮りに二億八、〇〇〇余万円の債権が存在しないとしても、被告人金は右債権が存在するものと信じたとしても無理からぬところであるのに、原判決が、債権がないのにあるように仮装し、若しくは債権の取立に藉口したと認定したこと、(三)被告人酒井の弁護人らの論旨は要するに、被告人酒井は被告人金から債権取立の協力方を依頼され右債権が存在するものと思つて協力しただけであるから、二億八、〇〇〇余万円の債権の存在を仮装したり、その取立に藉口したりする認識がなかつたのに、原判決が二億八、〇〇〇余万円の債権がないのにあるように仮装し、若しくはその取立に藉口したと認定したことは、いずれも事実の誤認がある、というのである。

(一)  調査するに、原判決挙示の関係各証拠及び当審における事実取調べの結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、被告人張は、原審公判廷及び捜査段階において、昭和一七、八年ごろから昭和三六年までの間、ヒロポン等の密売、スマートボールの競技場経営であげた利潤や頼母子講の講金などから任道明に対し同人の台湾物産等の買付資金として順次貸付け、昭和三六年六月ごろには総額二億八、九七二万円に達したが、そのほとんどの金員は同人の弟である任道福が費消したものであるところ、被告人張と任道明との間には貸付金に関して何らの借用証等の書面が作成されなかつたことから、昭和四八年ごろ任道明に貸付年月と金額及びそのほとんどの金員は任道福が使用したものであるから任道明に万一のことがあつた場合には任道福から返済してもらいたい旨の記載がある念書を持参してもらつたが、右念書は昭和五二年ごろ隣家の火事で自宅の一部が類焼した際紛失したと思つたので、更に昭和五四年一月ごろ、被告人張方を訪問した任道明に要請して、両人が当時の記憶を喚起し、被告人張の四女の宮本勝美に口授して貸付年月金額(昭和二〇年八月・五、〇〇〇万円、昭和二一年一二月・四三〇〇万円、昭和二二年四月・五七二〇万円、昭和三二年七月・六九二〇万円、昭和三二年九月・五〇〇万円、昭和三五年五月・三五三〇万円、昭和三六年六月・三〇〇二万円・合計二億八九七二万円)を記載した明細書を作成したものであり、また、任道明が昭和五三年一一月ごろ被告人張方を訪れた際、同被告人の要請に応じ任道福に電話で本件借受金の返済について交渉した結果、任道福が右債務の引受をしたものである、旨所論に副う供述をしており、また、任道明作成の林愛子宛の右貸付明細のメモも存在することが認められる。しかし、被告人張は、任道明に対する貸付は、月により五、六回、少ないときで四、五回も行われたが、その金額の確定に関する資料は一切ないので、右貸付明細のメモは両人の記憶によつて作成したものであるというのであるが、そこに記載されている貸付年月と金額は、前記のとおりメモ作成時から遡つて三三年ないし一七年の過去のものであつて、不自然さが払拭し難い。一方、任道福は、原審公判廷及び捜査段階において、任道明の右借受金の存在は知らないし、任道明から被告人張が供述するような借金はしていない。また、被告人張から任道明が昭和五四年三月三〇日死亡するまでの間、任道明の借受金を返済する意思の有無につき確認を受けたことがなく、本件金員の支払いを求められたのは、本事件のときが初めてである、旨供述しており、しかも、任道福と任道明との間には次のような和解が成立しているのである。すなわち、任道明ら六人兄弟の実父任崇栄が昭和四一年一月一六日死亡したことにより長男任道明夫妻及びその二人の息子の側と五男任道福及び他の四人の兄弟らの側との間で、任道福らが現在所有している財産は亡父の遺産並びに終戦前後に任道明が任道福に預けた資金の変形したものであり、かつ、任道明らは任道福らの企業に参画し、財産取得に貢献したものであるから財産分与及び功労金を支払えと主張して紛議が絶えないため、昭和四二年八月三〇日神戸簡易裁判所において任道福らと任道明らとの間に和解が成立し、そのうち任道福と任道明の間で直接関係のある和解条項の要旨は、一、任道福は、任道明らに対し、一、二〇〇万円を贈与し、三回に分割して支払う、一、任道福は、任道明に対し昭和三六年六月一〇日貸付けた五〇〇万円の返済義務を免除する、一、任道明らは任道福らに対し、今後如何なる名目をもつてするも金銭上の請求は勿論、その他任道福らの迷惑となるが如き行為を一切しないものとするというものである。右和解条項には被告人張が供述するような任道明の任道福に対する二億八、〇〇〇余万円の債権の有無については何ら触れておらず、また、右和解に至る経過及び内容に照らし右和解成立後において、任道福が任道明の被告人張に対する二億八、〇〇〇余万円もの多額の債務引受をするとは到底考えられないところである。

弁護人らは、被告人張が保釈出所後偶然に発見したという昭和四八年一〇月二三日作成の前記念書をもつて任道福の右証言の信用性を弾劾する証拠としているが、右念書は所論のような債務引受を内容とするものではないばかりか、前記和解により任道明と任道福との間の紛争は一切解決され、任道福は和解条項に従つてその義務を履行しているのに、任道明はその義務に違反する内容の念書を作成したことになり、かかる人物の作成した念書の内容についても疑念を抱かざるを得ない。右念書が存在するとしても任道福の前記証言を動かすに足る証拠とならない。

従つて、任道福の被告人張に対する支払義務の存在を否定し、これを前提として原判示第一の各事実を認定した原判決には何ら事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

(二)  調査するに、被告人金は原審公判廷において、昭和五四年八月ごろ、被告人張経営の食堂に赴いた際、被告人張から本件債権の取立てを依頼され、金員の明細を書いたメモを示され任道明に金員を貸付けたこと、その返済については任道明、任道福、被告人張の三者間で任道福が被告人張に支払うことで話し合いができていたが、任道明の死亡を契機として任道福が債権の存在を否定しその支払を拒むようになつたことなどの説明を受け、前記メモに記載してある金額は巨額であるが、現在の貨幣価値にすれば二億八〇〇〇余万円ぐらいの貸金があるのであろうと思つた旨所論に副う供述をしている。しかしながら被告人金は捜査段階において、債権が巨額であること、貸した相手は任道明で任道福でないこと、正式の借用証も存在しないことなどから、右債権額に不審を抱き、裁判上の請求をしても取立てのできるような性質のものでないこと、被告人らが取立てるとしてもその金額はたかだか一、〇〇〇万か二、〇〇〇万円ぐらいであろうと思つた旨自供していることに徴すると、被告人張が任道福に対し本件取立債権を有していたと信じていたとは認められないから、原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

(三)  調査するに、被告人酒井は原審公判廷において、昭和五四年八月九日ころ、被告人金から債権取立の仕事があるので手伝つてくれと協力方を依頼され、爾来、被告人金に協力するようになつたが、その内容は任道福を被告人張方に連行することだけである旨所論に副う供述をしている。しかしながら同被告人は捜査段階において、昭和五四年八月九日ころ被告人金方に赴いた際、同被告人から債権取立の仕事があるが、相手方は一筋縄ではいかないしたたか者である旨聞かされ、翌一〇日被告人張から昭和二〇年ころから任道福の実兄に約二億円余を貸し付けているが、そのほとんどの金は任道福が費消している旨事情を打明けられ、金額が大金であることや、貸付先が取立人と目される者の実兄であるということから不審に感じた旨供述している。右によると、被告人酒井において右債権の存否について不審を抱き任道福に対する要求が不当なものであることを認識していたことは明らかであるから、原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

被告人金の弁護人、被告人酒井の弁護人らの各控訴趣意中、原判示第一の一の事実についての事実誤認の主張について

論旨は要するに、被告人金及び被告人酒井は、任道福を被告人張の居宅まで連行したのは、被告人張の任道福に対する債権取立に協力するのが目的であつて、分け前を利得しようとする営利の目的は存在しないのに原判決が右両名を営利略取罪に問擬したのは事実の誤認がある、というのである。

調査するに、(1)被告人金は原審及び当審公判廷において、借受金の返済を渋る任道福の連行方を被告人張から依頼された際、被告人張が任道明に対し女手一つでヒロポン等の密売までして貯えた金を貸し、そのほとんどを費消した任道福が返済すると約しながら返済しないので、義憤を感じ右の依頼を請合つたもので、連行してくることについては何らの報酬の取り決めはなかつた旨所論に副う供述をしている。しかし被告人張は捜査段階並びに原審及び当審公判廷において、本件を依頼する際、被告人金から報酬額を聞かれ、債権額の半分を支給すると答えた旨供述しており、また、被告人金は債権取立などで生計を立てているものであつて、被告人張の右供述どおりの事実があつた旨捜査段階において自供しており、右各供述は他の関係証拠とも符合するもので十分に信用性が認められる。(2)被告人酒井は原審及び当審公判廷において、被告人金から債権取立の協力方を要請されたが、その内容は借受人を債権者の所まで連行するのみで、その際、分け前を利得しようとする話はなかつた旨所論に副う供述をしている。しかし被告人酒井は捜査段階において、かねてから交際し、何かと世話になつたことのある被告人金から本件債権取立の仕事の手伝を依頼され、任道福を被告人張の経営する食堂まで連行し、同人を脅迫して債権を取立てに協力し、その分け前を利得しようとした旨自供しており、これは他の共犯者らの供述とも符合するので十分に信用性が認められる。従つて右各事実に照らせば被告人金、同酒井の両名において他の共犯者とともに営利の目的で任道福を略取したことは明白である。

なお、酒井の弁護人らは、営利略取罪における営利とは人身売買、醜業に従事させるなど、その目的自体に違法性を有する場合のみに限定すべきであつて、本件のような借金返済の実現行為には営利性を認めるべきでない旨主張するが、本罪における営利を所論のように限定するいわれはないばかりか、本件のように債権の存在を仮装し、権利行使に藉口して財物を喝取しようとするごときはその目的自体が違法性を有するというべきである。論旨は理由がない。

被告人酒井の弁護人らの控訴趣意中、原判示第一の三の事実についての事実誤認の主張について

論旨は、被告人酒井は、任道福に対し「借りているならはつきりいわんかい」と追求したに過ぎないのに、原判決が、被告人金とこもごも「お前一人だけじやないんや、女房も子供もあるやろう、」と脅迫した旨認定しているのは事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、関係証拠、特に竹田正彦の捜査段階における供述によると、被告人酒井は原判示のように被告人金、同張及び他の共犯者らと意を通じて、債権の存在を容易に認めない任道福に対し、被告人金とこもごも原判示のような言辞を弄して脅迫した挙句、被告人酒井において暴行行為に及び金員交付の要求行為に加担したことが認められ、被告人酒井も捜査段階においてその旨明白に自供しているのであるから、原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

なお、被告人金の弁護人は、被告人金は、当初から計画的に原判示第一の各事実を実行したものでないのに、原判決が計画的に敢行した旨認定したのは事実誤認がある、というのである。しかし、前掲(二)に説示した経緯で被告人張から依頼を受けるや、配下の組員と綿密な計画のもとに敢行したことは明らかであるから、本件が計画的な犯行であることは明らかであるうえ、被告人自身捜査段階において明白にその旨自供しているところである。論旨は理由がない。

被告人金の弁護人、被告人酒井の弁護人ら、被告人張の弁護人の各控訴趣意中、原判示第二の事実についての事実誤認について

(一)  被告人金の弁護人、被告人酒井の弁護人らの各論旨は、原判示第二の要求金員である二、〇〇〇万円は、金員要求の結果支払われることになつた三、〇〇〇万円と同趣旨のものであるのに、これを分断して原判示第一の三の罪のほかに拐取者みのしろ金要求罪の成立を認め、(二)被告人張の弁護人の論旨は、要するに、被告人張は被告人金から二、〇〇〇万円を要求する相談を受けたことがないのに同人らと意を通じて本件に及んだ旨認定したのは、いずれも事実を誤認した違法がある、というのである。

(一)  調査するに、被告人らは任道福に対し原判示第一の三のとおりの暴行、脅迫を加えて貸付金の返済を要求した結果、昭和五四年九月二三日午前二時半ころに至り、任道福をして現金三、〇〇〇万円を同月二五日に支払い、その余は額面一億円の約束手形二通を振出させることで了解を取りつけたうえ、同日朝任道福をして自宅に電話で、今横浜にいるが、いい土地があるので二五日にその手付金として現金三、〇〇〇万円を用意するよう妻に連絡させた。ところで、その後被告人張において手形二通を受取ることについては難色を示したことから、更に被告人金と任道福との折衝の末、二五日午前二時ころ手形二通の振出に代えて現金二、〇〇〇万円を支払うことで決着がつき、同日午前九時ごろ、任道福が原判示場所から同人の取引銀行及び同人経営の松屋ビル事務所に電話をかけて、金策させたうえ、合計五、〇〇〇万円の支払準備をさせ、うち、三、〇〇〇万円については原判示第一の三のとおり、同日午後二時前大和銀行川崎支店の任道福名義の普通預金口座に三、〇〇〇万円を振込入金させたこと、更に信用金庫から任道福方に届けられた二、〇〇〇万円の受け取りについては原判示第二のとおり、同日午後六時ごろ、任道福をして予め自宅に電話をかけさせたうえ、被告人金において二回にわたり、山本商事の赤松と名乗つて現金二、〇〇〇万円を受領に赴いたものの、任道福の安否を憂慮する同人の妻に「主人の顔を見ないと金を渡せない」と泣訴されて拒否されたことが認められ、以上の事実によると、最初の三、〇〇〇万円を振込ませたのは任道福を監禁中に、同人に対し暴行、脅迫を加えた結果であり、次の二、〇〇〇万円は任道福の安否を憂慮する同人の妻葉美宋に対し、同女が現に保管している現金の交付を要求するものであり、拐取者みのしろ金要求罪のいわゆる財物とは原判示の説示するように被拐取者の安否を憂慮する近親者らが現に所持保管している財物をいうのであつて、それが被拐取者の所有に属するとしても「其財物」とすることを妨げないのであるから、被告人両名は新たな犯意の下に右要求行為に出たと解される。従つて、右と同趣旨に出た原判決には何ら事実の誤認は認められない。

(二)  調査するに、被告人張は原審及び当審公判廷において、二、〇〇〇万円の件については何人からも相談を受けていないのみならず、被告人金らの行為を了承したこともない旨所論に副う供述をしている。しかしながら、被告人張は前記(一)で説示したごとく、手形を受取ることについて難色を示していること、被告人張は、二億円の手形振出を現金二、〇〇〇万円に代えることについてその折衝に加わつてはいないが、前記(一)で説示したように、被告人金と任道福との交渉や任道福が自宅に使いの者に二、〇〇〇万円を手渡すよう電話しているのを立聞きしているうえ、受領に出発する被告人金に問い質して同被告人から任道福方へ金員を受取りに行くことを聞き出していること、殊に、被告人張は被告人金が二回にわたり任道福方に赴いたが、金員受取りに失敗したことを知るや、被告人酒井に対し、「あれで取立をしたことのある人かいな」と不満の意を漏らしていること、被告人張は被告人金らが三度目に任道福方へ取立てに出発する際に、自宅付近を徘徊する警察官の動向を探るため聞き込みに回り、被告人金に目立つ服装を改めるようにとズボン等を用意して勧めていること、更に警察官の目を暗ますため途中まで同行していることなどの諸事実に徴すれば、被告人張において被告人金らとともに任道福の安否を憂慮する同人の妻から現金二、〇〇〇万円の交付を要求するについての共謀関係を否定することはできない。原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

なお、被告人金の弁護人は原判示第二の事実につき、被告人らが共謀のうえ、被告人張が任道福に対し二億八、〇〇〇余万円の貸金債権を有するかのように仮装し、右債権の取立てに藉口して拐取者みのしろ金取得等の各犯行に及んだ旨認定したのは事実誤認がある旨主張するが、原判決を読めば、右の仮装、藉口の判示は原判示第一の各事実の冒頭の事実についての記載であつて、原判示第二の拐取者みのしろ金要求罪にまで言及したものでないことは判文上明らかである。論旨は理由がない。

被告人金の弁護人、被告人張の弁護人の控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

(一)  被告人金の弁護人の論旨は要するに、原判示第一の三の三、〇〇〇万円については、原判示のとおりの銀行の任道福名義の預金口座に振り込ませたに過ぎず、右預金は銀行取引時間の終了ないしは他の差止行為によつて結局、預金引出不可能の状態に置かれていたのであり、少なくとも被告人らには現金三、〇〇〇万円の取得は勿論のこと、その預金払戻請求権を現実に支配し管理しうる状態にまで至つていないのであるから、右の時点では恐喝の既遂に達したとはいえず、未遂にとどまると解さなければならないのに、原判決が恐喝既遂罪の成立を認めたこと(二)被告人張の弁護人の論旨は、拐取者みのしろ金要求罪が成立する場合には、営利略取罪はこれに吸収されて成立しないのに、原判決が営利略取罪の成立をも認めたのは、いずれも法令の適用の誤りがある、というのである。

(一)  原判決挙示の証拠及び当審の事実取調べの結果によれば、任道福は原判示のとおり昭和五四年九月二五日午後二時ころ、被告人金らによつて既に開設された任道福名義の普通預金口座に妻をして三、〇〇〇万円を振込ませたことによつて入金は完了したことは明らかであるところ、右預金の払戻しは右金員受領に赴いた被告人張の知人崔徳三の不手際や被告人金との連絡不十分のため時間を空費して銀行営業時間にその受領が出来なかつたものであり、警察等による受領の妨害若しくは差止行為があつた形跡は何ら認められない。本件のように被恐喝者を脅迫して金員を振込ませ入金のあつた時に恐喝罪の不法利得罪は既遂になると解すべきである。論旨は理由がない。

(二)  しかしながら、いわゆる拐取者みのしろ金要求罪は略取又は拐取状態を事実上利用しているけれども、法律上は財物の交付を要求する行為を内容とするものであるから、営利略取罪とは実体的一罪性を認め難く、別個に成立すると解するのが相当であり、これを併合罪の関係にあるとした原判決には所論のような法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

被告人金の弁護人、被告人酒井の弁護人ら、被告人張の弁護人の各控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨はいずれも、それぞれの被告人に対する原判決の量刑不当を主張するものである。

そこで調査するに、被告人らは共謀して原判示第一のとおり営利の目的で被害者を略取して三日間にわたり監禁したうえ、暴行、脅迫を加えて恐喝し、更に原判示第二のとおり被害者の妻の憂慮に乗じて金員の交付を要求したものであり、しかも右各犯行に備えて手錠、モデルガン、ナイフ等を用意し、犯行現場の下見をして張込みをするなど周到な計画のもとに暴力団員が実行行為の中心として行つた悪質な犯行であること、被告人らが警察当局に逮捕されたことによつて犯行が終了するに至つたもので被害者やその親族に与えた影響が大であることに徴すると被告人らの刑責は重いといわなければならない。こうした一般的な情状を踏まえたうえで、以下被告人らの量刑を個別的に考えてみる。

(1)  被告人金は暴力団員で、右の各犯行のほか、けん銃、実砲の不法所持をも犯したものであつて、原判示第一、第二の犯行の首謀者の立場にあること、被告人には昭和五四年三月一二日暴力行為等処罰に関する法律違反罪で懲役一年、四年間刑執行猶予に処せられながら六か月有余にして本件各犯行に及んだこと、そのほか傷害罪の罰金前科三犯、業務上過失傷害罪(一回)、外国人登録法違反罪(二回)の罰金前科三犯があることなどに徴すると、本件の動機は被告人張の依頼によるものであること、本件において現実的に利得していないこと、反省していること、家庭状況など所論指摘の被告人に有利な事情を斟酌しても、原判決の量刑(懲役四年)が重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

(2)  被告人酒井は、被告人金から本件計画を打明けられるやこれに呼応し原判示第一、第二の犯行に積極的に干与して実行行為を担当したものであること、自転車競技法違反罪の罰金前科一犯があること、日頃の生活態度も芳しくなかつたことなどに徴すると、被告人は首謀者でないこと、被害者には金員の損失がないこと、反省して原判決後定職につき真面目に稼働していることなど所論指摘の被告人に有利な事情を斟酌しても原判決の量刑(懲役二年六月)は重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

(3)  被告人張は被害者に対する取立債権があるとしてその取立を被告人金に依頼したうえ、原判示第一、第二の犯行に積極的に参画し、本件各犯行の場所を提供するなど首謀者の立場にあること、窃盗、偽証教唆、覚せい剤取締法違反罪(二回)による懲役前科三犯、覚せい剤取締法違反罪、酒税法違反罪による罰金前科二犯があることなどに徴すると、被害者の実兄との取引関係に被害者も利害関係があるものとして、その処理を回つて被害者の実兄と折衝を重ねていた矢先、同人が死亡し、その事態の膠着を一挙に解決するため本件に及んだものであること、本件犯行の具体的実行のほとんどは他の共犯者らが行つたものであること、六五歳の高令で、高血圧症等の宿痾に悩まされていることなど所論指摘の被告人に有利な事情を斟酌しても、原判決の量刑(懲役三年)は重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、被告人金につき刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

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